そ よ 風 は 何 い ろ
- roadster story -




CATERHAM SUPER 7 BDR

11 人馬一体

 人は何のためにハンドルを握るのだろうか?
 確かに自動車は便利な道具だ。「Door To Door」の利便性は他の交通機関ではとうてい得られない。しかし、A地点〜B地点までの単なる移動手段としてみたならば、「危険や運転の負担がない・時間を自由に過ごせる」分、電車やバスの方が魅力的だと思う。

 だから、危険と隣り合わせである車の運転が「楽しい」ものでなかったら、毎日の移動は辛いものにならないだろうか・・・。ところで、この「楽しさ」、人それぞれいろんな方向性があるだろう。圧倒的な加速を楽しむ人、見晴らしが良く負担の少ない楽な運転を良しとする人、などなど。

 一方、ロードスターの中核をなす重要なキーワードは「人馬一体」である。この言葉は、人と馬の「気持ちと行動」が一体化した最良の状態を示すそうだが、現代社会では、乗馬の経験がある人は数少ないだろう。そこで、これに一番近い感覚を他に探せば、それは「自動二輪」に他ならないだろう。二輪の経験者は、四輪しか知らない「車好き」とは視点がやや異なると思う。二輪では、「速さや気持ちよさ」という命題は、運転者の技量に負うところが非常に大きい。だから仮に「遅いのはメカのせいじゃなく、おまえがタコだからだ。」と言われたとしても、悔しさはあっても反論はできない。

 だから、二輪を深く知れば知るほど、次のようなことに対してますます配慮するようになっていく。正確な操作のためのメカの調整(レバーの遊びや、チェーンの張り具合など)や、アクセル・クラッチ・シフト・ブレーキのリズミカルな連携、ブレーキングの強さ・荷重の移動といった運転のコツなどに対して・・・。
 それは例え意識せざるとも、「人馬一体」となるためには何が必要なのかを会得していく過程に違いない。

 ロータスの創設者「コーリン・チャップマン」が、とっておきのナンバー「7」を与えた車は、別名「倒れないバイク」とも呼ばれる。運転のために必要なパーツだけを集めただけのこの車は、どんな高価な車よりも「純粋さ=車本来の魅力」という点において全く引けをとらない。例えるなら、ロードスターは、「スーパー7」に現代的な「安全性」と、日常最低限必要な「実用性」を付与させただけの存在だと思う。ロードスターは、サーキット用にフルチューンしても格別に魅力的な存在だと思うが、日常生活では、反社会的と思えるほどのパワーやスピードはまるで必要ではない。

 「人馬一体」の快感を知れば、そんなことより、もっと重要なことがあることに気付くことだろう・・・。

(2004/9/11)

         10 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 back close